「ゆっちゃんわぁ、お父さんと結婚する」
2歳の娘が近くの結婚式場の前を車で通る時に、思い出したように言うことがある。正直とても嬉しくて顔がにやけてしまう。娘がいる父親にとってのいい時期だ。ただ、いつ言わなくなるか、臭いを言い始めるか、今から恐怖もある。
妻が間違いを正すために、
「お父さんはもうお母さんと結婚してるの。だからゆっちゃんはお父さんとは結婚できないのよ。誰か王子様と結婚するの。ほら、お父さんもお母さんも指輪をしてるでしょ。」
と言うと、
「お母さんとしないの、ゆっちゃんとするの。ダメなの。ダメぇ・・・うぅ」
と本気で泣くこともあった。大泣き。発作を起こすような感じで長い。だから、
「よしよし、お父さんと結婚しよう、結婚するよ。」
と言ってギュッと抱きしめてやると安心して徐々に泣き止む。泣いて体が火照ってるのでよけいに愛おしい。そんな感じで、娘のいる父親としては羨ましがられる関係だった。
でも、先日ショッキングなことが。
「ゆっちゃんわぁ、〇〇くんと結婚するの。」
と言い始めたではないか。一体どういうことか。
前述の結婚式場は、お城のような尖塔がある外観で、ディズニーのお姫様好きな娘には魅力的な建物。だから、機会があれば娘を連れて行って満足させてやりたいと思っていた。タイミングよく写真撮影を無料で行うイベントがあったので、近所の同い年の男の子と行くことになったのだ。男の子と女の子なのできっと擬似結婚式みたいになるだろうと予想ができ、父親としては少し複雑ではあったが、満足させてあげたいと思い連れて行ってもらった。自分は仕事なので撮影時だけ立ち会うつもり(正確には副業を含め就活中)。
仕事を抜けて現地に行くと、教会での撮影は終えてほぼ終わりだった。玄関を通ってすぐのところで最後の撮影をするところだった。
「お父さん!」
とピンクのドレスに身を包んだ娘が走り寄って抱きついてきた。髪を結ってもらって小さなプリンセスになっている。見ると泣いたのか、目が腫れぼったい。
「〇〇くんに、しないほうがいい。髪もお化粧も変、と言われて泣いちゃった。」
と妻が言っていた。ある意味いつもの方が素敵だという褒め言葉かもしれない、と男の自分は思ったのだが、娘はショックだったみたいだ。かわいそうに、ギュッと抱きしめてやったよ。それから家族で写真を撮ってもらった。いい思い出になった。
まあ、そんなイベントがあってお父さんと結婚するとは、あんまり言わなくなった。
あんまり、というのは少し様子が変わったのだ。あのイベントの翌々日ぐらいには
「ゆっちゃんわぁ、お父さんと結婚するの。」
と良かった戻ったかと思ったのだが、すぐに続いて、
「ゆっちゃんわぁ、お母さんと結婚する。お母さんは王子様よ。」
とか言い出したし、よくわからない。
そして、極めつけは、妻に上述のような発言をした後、こそっと近くに来て、ヒソヒソ話を僕にしたのだ。実を言うと、よく聞こえなかったが、僕にはこのように聞こえた。
「本当はお父さんと結婚するの。(他は言ってるだけよ。)」
なんとも、僕の耳はご都合主義なようである。一体いつまで言ってくれるかな…